“駅前で小学生達が「超デカいネコが出る公園教えてやるよ」という話をしていて、こんなグッとくる誘い文句なかなかないと思った”
— つかんぽさんのツイート: “駅前で小学生達が「超デカいネコが出る公園教えてやるよ」という話をしていて、こんなグッとくる誘い文句なかなかないと思った” (via rrkksteel)
“駅前で小学生達が「超デカいネコが出る公園教えてやるよ」という話をしていて、こんなグッとくる誘い文句なかなかないと思った”
— つかんぽさんのツイート: “駅前で小学生達が「超デカいネコが出る公園教えてやるよ」という話をしていて、こんなグッとくる誘い文句なかなかないと思った” (via rrkksteel)
“接客についてよくいわれるが、客の要望に応えようとがんばってるうちは、おそらく半人前だ。なぜなら、根本的に、客の要望には際限がない。ほかの国じゃどうか知らんけど、日本人の多くには「金払ってるほうが偉い」という考えがある。偉いんだから、どこまでも要求はエスカレートする。 なので、達人は「客の要望を、自分が規定してやる」。よくいう「客を見下す」というやつだ。根本的には客の要望には際限がないのだが、現実的には「このライン」っていうのがある。そのラインをうまく見積もって、それより少し上のものを提供し続ける。 うちのパートのおばちゃんのリーダーはよく「せっかく来てくれたんだもの。笑顔で帰ってほしいじゃない」と真顔で言う。これこそが接客の要諦ではあるのだけれど、冷静になって考えてみれば、傲慢極まりない考えかただともいえる。客の要望に応える、という考えかたではこの考えかたは出てこない。裏側から考えれば、この考えかたは、接客をする側の都合だともいえるからだ。あくまで「自分が提供するもの」のほうが主眼になっている。 だから、そのおばちゃんは、口では「お客さんのために動くのよ」と言いながらも、実際にはお客さんの行動を支配している。広く、薄く、店の様子全体に気を配りながら、その隅々まで自分の支配力を及ぼそうとしている。カゴを持たずに、レジカウンターに商品を積み上げてあとで精算しようとする客には、先手を売って「荷物多いでしょ? カゴがあったほうが楽よ?」と言って、カゴを渡す。それは本来的には客の要望ではない。店の側の要望だ。 レジに客が並びそうになり、レジをもう一台開ける。「お先にお待ちのお客様、どうぞ」と言ったあとに、順番を守らなさそうな人間がいれば「どちらが先だったかしら?」と明るく元気よく言う。順番を守らせる責任を、店員から客のほうに押し付ける。 そうやって、客の行動を制限し、最終的に丸く収める。それを支えているのは視野の広さだ。”
— 牛丼屋で接客の達人のおばちゃんに会った - G.A.W. (via d-d-d)
人生で二番目に怖かったのは家の中にナイフを持った外人が侵入してきた事。一番怖かったのは その外人に対し冷静にドイツ語で対応していた無職の父。僕は子供の頃から父の本当の職業を知らない。
“嵐の相場くんがインタビューで「アホなひとが好き」っていっててアホの定義を聞かれ「力の配分に損得がないこと」と答えていてあまりの的確さに感動をおぼえた”
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Twitter / saito_rin (via gearmann)
shinodddddがishidaからリブログ:
(via tataraseitetsu)
“神さまがロバを創ると、ロバに言いました。 「おまえはこれから日の出から日の入りまで重い荷物を背中に背負い、草を食べ、知能は持たず、そしてロバとして50年生きるのだ」 ロバは答えました。 「私はロバになりますが、でも50年は長すぎます。20年にしてもらえないでしょうか」 神さまはそれを聞き入れて、ロバに20年の寿命を与えました。 神さまが犬を創ると、犬に言いました。 「おまえはこれから人間の家の番をし、男の親友となり、与えられるものは何でも食べて、犬として25年生きるのだ」 犬は答えました。 「神さま、25年も生きるのはちょっと長すぎます。10年にしてもらえませんか」 神さまはそれを聞き入れて、犬に10年の寿命を与えました。 神さまはサルを創ると、サルに言いました。 「おまえは木の枝から枝へと跳びまわり、バカバカしいことをしながら、おどけものとなって、サルとして20年生きるのだ」 サルは答えました。 「神さま、20年も生きるのは長すぎます。10年にしてもらえませんか」 すると神さまをそれをお聞きになってサルに10年の寿命を与えました。 そして神さまは、最後に人間を創りました。 「地上では唯一理性的で、知能を利用して他の動物をコントロールし、世界を支配し、人間として20年生きるのだ」 すると男は答えました。 「神さま、20年と言うのは短すぎます。ロバがいらないと言った30年、犬がいらないと言った15年、サルが拒否した10年分を私に頂けませんか」 すると神さまはそれを聞き入れて、その通りにしました。 そして人は人として20年を過ごしたあと、結婚してロバのように重荷を背負って30年働き、子どもたちが出て行ってからは犬のように家を守りながら与えられた物を食べて15年生活し、定年退職してからはサルのように家から家へと子どもの家を転々として、孫のためにおどけながら10年生きていくことになったのです。”
— らばQ:人として生まれて良かったのかな…というお話 (via yasunao) (via gkojax) (via kudan) (via wnw45) (via jinon) (via pipco) (via shinoddddd) (via chihanos) (via s-hsmt) (via carbondoubt) (via anythinglost-blog)
少年院から「僕は360度変わります!」という手紙が届いた。正直心配である
タンブラーを見てると俺が寝てる間も世の中は存在してるのだなと思う。
「ねえパパ、どうして勉強をしなければいけないの?」
「それはね、過去にいろいろなことを調査、研究した偉人達の、それこそ人生をかけて頑張った成果を、後世に住んでいるという理由だけでタダで手軽にゲットしちゃって、楽で便利に生きるためだよ」
「ねえパパ、オブラートって知ってる?」
